コントロール / 105分


コントロール

"怪物"と呼ばれた死刑囚と、善良な市民を見事に演じ分けるレイ・リオッタと。その主人公を影から見守る親のような眼差しと、モルモットを観察する博士を違和感なく同居させたウィレム・デフォーの二人無くしては、この映画の魅力は半減してしまうと言ってもいい程、二人の存在はこの映画にとって大きい。この二人の俳優に興味がある。又は、演技を見るだけにでも見る価値があると思う。
内容は、死刑囚を人間の良心を目覚めさせる新薬の人体実験にする。といった、医学サスペンス。そこまで目新しいモチーフとは思えない。だがそれも、時代と科学が進む事でリアリティーが増すことがあると言う事を痛感させられる。
見ているコチラ側は、この映画のポイントである『人間の良心を目覚めさせる新薬』について、二転三転することを余儀なくされる。
凶悪犯が本当に改心しているのか、それとも改心しているフリをしてるだけなのか。それを第三者が判断する為には、どのような証拠が必要なのか。果たして良心というものは実在するのか。そもそも良い人間とは?誰にとって良い人間なのか?人の心の闇の底にあるものが、人間にとって有益と呼べるのか。
この映画では、そのような逡巡を丁寧に描きつつも、問題を解きほぐす過程として博士と被験者の信頼関係といった、とても人間的なものを用いる。正直、この辺りから、人間ドラマが主軸になる為、B級サスペンスからC級米ドラマ的展開に転がっていくにつれて白けて来る所がある。しかし、もしこのような薬があったとして、その人間は罪を償うべきなのか?それとも、薬によって更正したのだから釈放するべきなのだろうか?その場合、過去に犯した罪はどこに消えるのか。そのような疑問が全く無意味になる訳ではない。『悪い人間を無くす』という人間のエゴ(ファシズム思想)がこの映画の元になっている以上、技術も医療もそれを押し進める前に議論してしかるべき事が、山済みの筈なのだ。それを人間ドラマでパッケージしてしまうオチも含めて極めて現代的な映画。